お祭りの思い出 ~その1~

皆様こんにちは

LUKAでございます

 

私が住んでいる北海道も

もうすっかり夏真っ盛り

 

毎日毎日暑くて堪らない

 

とは言っても

北海道の夏は非常に短く

およそ1~2か月程の間しか

海水浴を楽しめるような気温には達しない

 

8月の半ば頃になると

もうすっかり海に入れる気温ではなくなるので

そろそろ一度

友人であるアカさんを誘って海へ行きたい所

 

 

そして

夏と言えばお祭りである

 

 

ぶっちゃけお祭りへ行ったのなんて

もう何年も前の事で

 

しかも

祭りの屋台で焼き鳥を焼いたりビールを出す

という屋台のお手伝いをしたのが最後である

 

大人になってから気付いたんだけれど

私という人間はどうにもこうにも人混みが苦手らしく

ちっともお祭りに行きたいなんて気持ちになれない

 

屋台のお手伝いは大好きなんだけどなぁ

 

屋台の鉄板で焼きそばを一日中焼いた日には

翌日手の平から背中まで

上半身全部が筋肉痛になって

 

楽しかった

 

 

そう

 

楽しいんだ・・・!!!

 

暑い中で汗を流して

大きな声を出して過酷な労働をするのは楽しいんだ!!!

 

人混みは苦手だけれど

屋台の店員として働くのは好きなんだ!

 

 

こんな理由があって

もう何年もお祭りをのんびり見て回ったりした事は無い

 

だけど

幼い頃からこうだった訳ではない

 

 

幼い頃は

 

まず最初に

お神輿のアルバイトをする

 

小学生とかが参加するとお小遣いが貰えるんですよね

 

お祭りや神輿によって違ったはずなんだけれど

1回で500円~1,000円くらい貰えたはず

 

これに参加する為には

まずコネが必要になる

 

神輿を担ぐ人達と親しい友人や大人に声を掛けて

自分も参加出来るように手配して貰う必要があった

 

競争率が高いので

全く何の伝手も無い状態では

神輿担ぎに参加させて貰えなかった

 

 

私は毎年事前にそういった所から

声を掛けて貰えるように友人にお願いしていて

2種類のお祭りのお神輿に参加していた

 

多い時だと確か

一日に3回とかやったかなぁ

 

それをお祭りの期間内に何度か繰り返す

 

 

そしてそのお駄賃を持って

お祭りへ行く

 

行く場所はもちろんカタヌキ!

 

カタヌキの屋台は当時

一つのお祭りで4~5か所くらい営業していた

 

その中で最も景品が良い所を選んで場所を確保する

 

私が好んで選んでいた景品は

 

初日→お金

2日目→食べ物

 

こんな感じ

 

どうしてかっちゅーと

 

 

カタヌキで稼ぐ気満々だったから・・・!

 

 

難易度が高いやつを綺麗に成功させると

3,000円くらい貰える屋台もあった

 

席へ座り

屋台のおじさんにこう言う

 

「難しいやつください!」

 

今はどうだか分からないけれど

当時はこう伝えると

おじさんがカタヌキの中身を開けて確認して

難しいやつを選んでくれたりするんですよ

 

逆に

あまりにも下手なお客さんには

物凄く簡単なのを選んで渡していたりもした

 

 

私は

 

カタヌキがとてつもなく得意だった

 

 

もうほんと

これでもかっちゅーくらいの集中力で

ひたすらカリカカリカリ削っていく

 

最初は

カタヌキの溝の部分を

ひたすら画鋲の針部分でカリカカリカリなぞる

 

そして今度は裏側からカリカカリカリなぞる

 

次は角の方から邪魔になる部分を

指で割って行く

 

これが残っていると

後で型を外そうとした時に

変な方向にヒビが入って駄目になる事が多い

 

それが一通り終わったら

また画鋲を使ってカリカリなぞって行く

 

 

これを

延々繰り返す

 

朝は神輿を担いで

お昼頃からお祭りに行って

夜遅くまでカタヌキをやり続ける

 

常軌を逸したお祭りの楽しみ方である

 

 

でまぁ私はよく

 

出禁にされました

 

 

カタヌキ屋さんから

「あんたもうよそ行きな!」

って言われていた

 

最初に買ったカタヌキから元手を増やして

何度も何度もお金を貰って

そのお金で飲み物と食べ物を買って

またひたすらカタヌキをやってお金を貰っていると

 

出禁を喰らう

 

なので必然的に2日目は

他のカタヌキの屋台へ行くしか無くなるんですよね

 

 

食べ物が景品として貰えるカタヌキの屋台は

大概が隣の屋台と連携していた

 

例えば焼き鳥だとか

例えばたこ焼きなんかの屋台と連携していて

カタヌキを成功させると

そこの食べ物を貰えるシステム

 

たこ焼きが大好きな私は

とにかくたこ焼き屋さんが隣にあるカタヌキ屋を

好んで利用していた

 

 

・・・お陰で

たこ焼きを食べ過ぎて

数年間

たこ焼きを見ただけで気分が悪くなる

なんて事にもなった事があるけれど

 

とにもかくにもお祭りは

私にとって稼ぎの良い遊び場だった

 

 

リンゴ飴なんか食べた事も無いし

恐ろしい程の胃弱体質な私は

お腹を下すのが目に見えて分かるかき氷なんかも食べない

 

ただただ

カタヌキに没頭して

お金を貰う為の場所

 

お祭りで花火大会があろうと

そんなのお構いなしで

屋台が閉まるその時までひたすらカタヌキをやる

 

 

なんだか可愛くない子どもである

 

 

今は絶対に無いと思うけれど

あの当時は「子供に酒を与える」悪い大人も居たものだった

 

カタヌキをエンドレスでやっていると

時にはその屋台のおじさん達に気に入られて

違う屋台へ連れて行かれて

食べ物をご馳走して貰えたり

ビールを飲まされるなんて事もしばしば

 

普通はまぁ・・・

ついて行かないでしょうね・・・

 

ただ私は昔は

欠食児童みたいな状態だったので

食べ物に飢えていたから

ホイホイついて行ったものだった

 

 

一度

とにかく色々ご馳走してくれる

入れ墨だらけのお兄さんに気に入って貰えて

お土産まで用意して貰った事があった

(私はまだ小学校5年生くらい)

 

 

・・・が

 

お祭りが終わるのが22時とか23時かな

 

 

帰宅すると

 

鬼のような形相の母が玄関に立っていた

 

 

凄いんだ・・・!

 

もうほんっと鬼みたいなんだ!

 

地獄から這い出て来た鬼が我が家に居る

みたいな感じだったんだ・・・!!!

 

 

母「あんた祭りだからって

  こんな時間まで遊んでるのが

  許されると思ってんのかい!!?」

 

私「こ・・・これ・・・!」

 

 

お土産を渡してご機嫌を取ろうとする私

 

 

母「あぁん!!?

  良いからあんたそこに座んなさい!

  今何時だと思ってんの!!!」

 

 

ひぃぃぃぃ!!!!!

 

 

母「何これ!?

  あんた自分で買ったのかい!!!?」

 

私「屋台のお兄さんがお土産にくれて・・・」

 

母「はぁ!!!?

  あんたまた知らない人に物貰ったの!?

  晩ご飯はどうしたの!!?」

 

私「そ、そのお兄さんが食べさせてくれて・・・」

 

母「はぁ!!!!?

  あんたちょっとご飯貰って優しくされたからって

  ホイホイ付き合ってたんでしょう!?

  一体何考えてんの!!?」

 

 

でも・・・

 

でも・・・・・・・!!!

 

 

酒乱の親父なんかよりも

パチンコばっか行ってる鬼(母)よりも

よほど優しいお兄さんだったもぉおおーん!!!

 

 

こうして

鬼のような母から

時にはぶっ叩かれながら一時間くらいの説教を受ける

 

毎回毎回こうだったので

お祭りってこういうものだと思っていた

 

朝→神輿担ぎ

昼~夜→カタヌキで小遣い稼ぎ

帰宅後→鬼からの説教

 

 

そして後日

お祭りで稼いだお小遣いは

 

 

賭けトランプで負けて母から徴収される

 

 

 

それが私のお祭りの思い出である・・・!!!